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    沓掛の大ケヤキ

    巨木の写真

    撮影日:2024.12.21 【01】再訪、改めて拝観してみると幹周は10m近い実感がある 沓掛の大ケヤキ-01
    【02】 沓掛の大ケヤキ-02
    【03】 沓掛の大ケヤキ-03
    【04】 沓掛の大ケヤキ-04
    【05】 沓掛の大ケヤキ-05
    【06】 沓掛の大ケヤキ-06
    【07】 沓掛の大ケヤキ-07
    【08】 沓掛の大ケヤキ-08
    【09】 沓掛の大ケヤキ-09
    【10】 沓掛の大ケヤキ-10
    【11】 沓掛の大ケヤキ-11
    【12】 沓掛の大ケヤキ-12
    【13】 沓掛の大ケヤキ-13
    撮影日:2016.03.04 【01】坂東市内で最大の巨木となる沓掛神明社の御神木 沓掛の大ケヤキ-01
    【02】 沓掛の大ケヤキ-02
    【03】 沓掛の大ケヤキ-03
    【04】 沓掛の大ケヤキ-04
    【05】 沓掛の大ケヤキ-05
    【06】 沓掛の大ケヤキ-06
    【07】 沓掛の大ケヤキ-07
    【08】 沓掛の大ケヤキ-08
    【09】 沓掛の大ケヤキ-09

    巨木の基本情報

    巨木の名前 沓掛の大ケヤキ [1]
    樹種 ケヤキ (欅)
    幹周 8.50m [1][2], 8.90m [3]
    樹高 30.0m [1][2], 22.0m [3]
    推定樹齢 不明
    特徴 南北方向に分かれた2本の大枝
    保護指定 茨城県指定天然記念物
    所在地 茨城県板東市沓掛
    所在施設 神明社 (神明塚古墳)
    撮影日・状態 2024.12.21 : 北側に伸びた大枝の一部が枯損、他に目立つ変化なし
    2016.03.04 : 根本に空洞があり主幹中央部を欠損、2本の大枝は健全だが支柱が無いと倒れそう
    アクセス
    圏央道・坂東ICから約2km
    電車 東武野田線・野田市駅から約20km、守谷駅 (関鉄常総線・つくばエクスプレス) から約23km
    バス 沓掛南前バス停、昭和観光の清水丘内野山線、本数が少ないので注意
    (野田市駅:茨城急行の岩井車庫行き、新町十字路前または岩井局前で乗換)
    (守谷駅 :関東鉄道の急行ばんどう線 (岩井)、岩井局前で乗換)
    参考情報 ■外部ウェブサイト
     [1] 坂東市ホームページ  :当巨木および沓掛という地名の由来について参考
     [2] 茨城県教育委員会   :当巨木の情報あり
     [3] 巨樹巨木林データベース:当巨木の登録あり (1988年度の調査記録)
    ■少遠景の記録
     [4] 沓掛香取神社のケヤキ :同じ沓掛地区、沓掛村の鎮守、御神木は沓掛の大ケヤキと並ぶ大きさ
     [5] 福寿院のケヤキ    :同じ沓掛地区、福寿院は廃寺となったが観音堂と跡地が守られている
     [6] 自生院のケヤキ    :坂東市の馬立地区、近くの平将門を祭神とする國王神社も紹介
     [7] 延命院のカヤ     :坂東市の神田山地区、カヤ老樹の根差す塚は平将門の胴を葬った塚と伝わる

    巨木と雑記.坂東市を代表する巨木スポット

     坂東市の北部に位置し、中央に県道20号線が通る地区の沓掛。 当地には4本ものケヤキの巨木が集まっています。 筆頭は神明塚古墳に根差す、市内最大の巨木である沓掛の大ケヤキ。 次に当地の鎮守の香取神社 [4] に根差す、御神木を含む2本。 そして近くの宝寿寺 [5] にも、県道から樹冠が見えるケヤキがあります。 沓掛は市内を代表する巨木スポットでしょう。

     沓掛の大ケヤキの印象は、荒ぶる巨大な古株。 最盛期は遠い過日となり、滅びへ誘う大きな痛みに、全霊で立ち向かっている姿。 憤怒の形相で見事な太枝を立ち昇らせ、誇らしげに樹冠を広げいるように見えます。 やがて傷跡から受ける痛ましい思いが、この強い意志と生命力により、爽快な感動に変わっていく。 とても元気をもらえる老巨樹です。

    cm-沓掛神明社-01 【01】大ケヤキの根差す沓掛神明社の境内。古墳とされていて土器・石器などが出土したそうだ。
    cm-沓掛神明社-02 【02】沓掛神明社の社殿。

    巨木と雑記.沓掛という地名

     当地の沓掛という珍しい地名。 その由来は平将門の命名との伝承 [1] があるそうです。 かつて関東に独立王国を築こうとした将門。 本拠としていた坂東市域の各所には、将門命名の地名が多いという。 ここ沓掛は旧猿島町の郷土史「事績簿」によると以下。 将門は当地の景観を気に入りよく馬駆けに訪れていた。 その際、木に沓を掛けて憩うことがあったという。 この故事から沓掛という地名になったそうです。 沓掛神明社の大ケヤキ。 この樹下で憩う将門の姿を夢想しました。

     ちなみに少遠景では、坂東市内にある将門所縁の場所も紹介しています。 祭神に将門を祀る國王神社 [6] 。将門の胴を密かに葬ったとされる、胴塚のある延命院 [7] 。興味のある人は併せて訪れてみてください。境内に古木・巨木もあります。