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    満蔵寺のお葉付イチョウ

    巨木の写真

    撮影日:2024.08.18 【01】埼玉県内では珍しい葉に実が結ぶ天然記念物のイチョウ 満蔵寺のお葉付イチョウ-01
    【02】 満蔵寺のお葉付イチョウ-02
    【03】 満蔵寺のお葉付イチョウ-03
    【04】 満蔵寺のお葉付イチョウ-04
    【05】 満蔵寺のお葉付イチョウ-05

    巨木の基本情報

    巨木の名前 満蔵寺のお葉付イチョウ [1]
    樹種 イチョウ (公孫樹)
    幹周 3.00m [1], 3.20m [6]
    樹高 27.0m [1][5][6]
    推定樹齢 350年 [1][5], 300年以上 [6]
    特徴 上部まで単幹、枝が枝垂れ気味の傾向
    保護指定 埼玉県指定天然記念物
    所在地 埼玉県春日部市新方袋
    所在施設 満蔵寺 (香取山薬王院)
    撮影日・状態 2024.08.18 : 目立つ損傷なく樹勢は良い様子、境内門扉が閉じていたため接近できず
    アクセス
    東北自動車道・岩槻ICから約8km、久喜ICから約13km
    電車 春日部駅から約3km (東武伊勢崎線・東武アーバンパークライン・東武スカイツリーライン)
    参考情報 ■現地資料
     [1] 満蔵寺のお葉付イチョウ :解説板、内容は最初の下記雑記の写真 (番号なし) を参照
     [2] 梅若伝説と梅若塚    :解説板、内容は2つ目の下記雑記の写真02を参照
     [3] 古隅田川緑道の概要   :解説板、内容は3つ目の下記雑記の写真03を参照
     [4] やじま橋        :石碑、内容は4つ目の下記雑記の写真03を参照
    ■外部ウェブサイト
     [5] 春日部市ホームページ  :当巨木および梅若塚と古隅田川の情報あり
     [6] 巨樹巨木林データベース :当巨木の登録あり (2000年度の調査記録)
     [7] 木母寺ホームページ   :東京都墨田区、隅田川沿い、境内に梅若丸の塚がある
     [8] 国土地理院地図     :電子国土web (GSI-Maps) の治水地形分類図を参照
    ■少遠景の記録
     [9] 春日部八幡宮のイチョウ :春日部市、市街中心部、総鎮守とされる古社、春日部重行が創建
     [10] 新方袋香取神社のケヤキ :春日部市、同じ地区の新方袋、満蔵寺が別当であった
     [11] 梅田雷電神社のイチョウ :春日部市、近辺の梅田地区、満蔵寺が別当であった

    巨木と雑記.満蔵寺とイチョウ

     春日部市街地の西に位置する地区の新方袋 (にいがたふくろ)。 当地に座す真言宗の寺院が満蔵寺。 鎌倉時代に創建の当地の鎮守である、香取神社 [10] の別当を務めてきた古刹です。 本堂前には端正なイチョウ [1] の大木が根差している。 葉に実が結ぶことがあるという、いわゆるお葉付イチョウです。 県内で公式に確認されものでは唯一かもしれない。 いつか珍しいお葉付の実を拝んでみたいものです。

    cm-満蔵寺のお葉付イチョウ 満蔵寺のお葉付イチョウの解説板。当日は閉まっていた門扉の前から離れて撮影。

    巨木と雑記.梅若塚

     満蔵寺の境内入口には小さな塚と社があります。 傍らには柳の古木が一本。 解説板 [2] によると、 ここは能の演目で有名な「隅田川」の登場人物、梅若丸を祀るところ。 物語は簡略すると以下。 平安時代の頃、都の貴族の子である梅若丸は、人買いの悪者に捕まり、 東国へ向かう道中で病を患うと隅田川に捨てられる。 そして里人に助けられるも息絶え葬られた。 やがて行方を捜し続けた母、花子御前が墓に辿り着く。 尼となり梅若の霊を弔う日々だが、やげて世を儚み命を絶つ。 このような、救いのない悲しい物語です。

     何故、ここに梅若丸の塚があるのか疑問に思いました。 物語の舞台は、荒川下流の支流である隅田川ではないのか。 東京都の墨田区、隅田川沿いの木母寺 [7] にも梅若丸を祀る塚があり、 芸能関係者がよく参拝するらしい。 木母寺のほうがもっともらしいのですが、 ここ満蔵寺にも根拠があった。 それは、春日部市にも隅田川が流れていたのです (後述)。

    cm-満蔵寺-01 【01】満蔵寺の境内入口に面した梅若塚。
    【02】 cm-満蔵寺-02
    【03】 cm-満蔵寺-03
    【04】 cm-満蔵寺-04
    【05】 cm-満蔵寺-05

    巨木と雑記.古隅田川の跡

     以下の地図画像、国土地理院地図より引用の治水地形分類図です。 中央の矢印部分が満蔵寺の位置。 周りを蛇行した河川が囲んでいます。 これが古隅田川の旧流路の一部が表示されたもの。 江戸時代の初期頃まで、利根川は粕壁 (春日部市) を流下し、 江戸湾 (東京湾) まで注いでいた。 本流は現在の古利根川で、粕壁で古隅田川へと分流。 古隅田川は利根川の本流ともいえる大きな河川でした。 また粕壁は東国の街道筋でもあり、梅若丸の物語の情景にも合います。 ここも伝説の地として相応しい。

     現在の古隅田川は、流路の一部が細い排水路として利用。 満蔵寺から北の河道は暗渠となり、真上には古隅田川緑道 [3] [5] が整備。 また満蔵寺から南西の堤防跡には、古隅田公園歩道 [5] が整備されています。 興味のある人は歩いてみてください。桜並木が続くので春がいいかな。

    cm-古隅田川の跡-01 【01】国土地理院地図の治水地形分類図。過去の河川の流路も重ねて表示させることができる。 中央の満蔵寺を囲む古隅田川の旧流路。市街地を通り東側を流下していくのが現在の古利根川。
    【02】 cm-古隅田川の跡-02
    【03】 cm-古隅田川の跡-03
    【04】 cm-古隅田川の跡-04
    【05】 cm-古隅田川の跡-05

    巨木と雑記.やじま橋

     古隅田川の堤防跡に続く古隅田公園歩道。 その区間で香取神社 [10] の西側には土木遺産があります。 やじま橋 [4] という、かつて古隅田川に架かっていた橋。 元文2年 (1737) に造られた県内最古級の石造りの橋です。 岩槻藩主の永井氏の命による造営で、 工事を主導した地元有力者の矢嶋氏 (または八嶋氏) に因んだ名前らしい。 満蔵寺に所縁の香取神社の参拝と併せて、見学してみてください。

    cm-やじま橋-01 【01】住宅地の中に突然として現れる土木遺産。堤防跡を開いて移築保存した。
    cm-やじま橋-02 【02】素朴で重厚な感じの石橋。この橋を渡って粕壁と岩槻を大勢の人々が行き交った。
    cm-やじま橋-03 【03】やじま橋の石碑。