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佐原諏訪神社のスダジイ
巨木の写真
巨木の基本情報
巨木の名前 | 佐原諏訪神社のスダジイ (仮) |
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樹種 | スダジイ (すだ椎) | |||
幹周 | 不明 (約7.0~8.0m) | |||
樹高 | 不明 (15.0m以上) | |||
推定樹齢 | 400年 [3] | |||
特徴 | 株立ちのような幹、板状に発達隆起した根本 | |||
保護指定 | 不明 | |||
所在地 | 千葉県香取市佐原イ | |||
所在施設 | 諏訪神社 | |||
撮影日・状態 | 2021.12.10 : 目立つ損傷なく樹勢は良い様子、社殿側 (南) の根本は石垣で覆われている | |||
アクセス | ||||
車 | 東関東道・佐原香取ICから約4㎞、圏央道・神崎ICから約14㎞ | |||
電車 | JR佐原駅から約1㎞以内 | |||
参考情報 | ■現地解説板 [1] 諏訪神社の御由緒 :内容は上記の写真09を参照 ■外部ウェブサイト [2] 巨樹巨木林データベース:当巨木の登録なし (2021年12月時点) [3] 諏訪神社ホームページ :諏訪神社の由緒歴史について参照 [4] 香取市ホームページ :諏訪神社と例祭の歴史について参照 [5] 水郷佐原観光協会 :食事や買い物を含めた観光情報はこちら ■少遠景の記録 [6] 香取神宮の社叢 :社叢にはスギの他にスダジイやタブノキの巨木もある [7] 大戸神社のスダジイ :香取市の大戸地区、香取神宮と繋がりの深い古社 [8] 佐原八坂神社のケヤキ :香取神宮の門前町、水郷佐原のまちなかにある神社 |
巨木と雑記.水郷佐原の高台にある鎮守の杜
佐原は利根川を利用した水運で栄えたまち。 最盛期の江戸時代の佐原は「江戸優り」とも称されていました。 まちの中心部には江戸後期や明治期に建てられた、商家の店舗や土蔵が今も軒を連ねています。 古き良き風情ある景観が残されたまち。 そんな佐原の西側にそびえる丘陵、諏訪山にある緑豊かな鎮守の杜が諏訪神社です。 御神木は本殿横にそびえる見事なスダジイ。 南国の巨木らしい立姿で、板状に発達隆起した根本がじつに力強い。 根本付近から4本ほどの幹に分かれて立ち昇っているので、合体木かもしれない。 それでも中央にまとまっているので重量感も十分あります。 根周りでは千葉県でも有数の大シイかもしれません。 素晴らしい巨木もある佐原の鎮守。 当地に観光で訪れる人にも参拝をおすすめします。 諏訪神社の歴史について [1][3] 。祭神は建御名方神。 創祀は天慶4年 (941) 。 豊後 (大分県) の武将、大神惟基の子である惟季により創建されたと伝わる。 惟季は藤原純友が瀬戸内で乱を起こした際、源経基に従い征伐に加わり武勲を挙げた。 この功績により下総の大須賀領主となり、 領内の守護神として諏訪大社より勧請したのが当社とされる。 後の天正年間 (1573-1592)、大神惟季から第二十余代目となる伊能信胤が当地に遷座。 小野川から西側の新宿地区を開拓するにあたり、当地の鎮守として祀られた。 現在の社殿は嘉永6年 (1853) の造営。 なお、諏訪神社の南側に隣接している荘厳寺は別当寺であった。 明治期の廃仏棄釈により分離されたのだろうが、 当社が諏訪山に遷宮して以来、ともに400年近い歴史を歩んできたとみられる。 最後に例祭について[4]。 年に夏 (7月) と秋 (10月) の2回ある「佐原の大祭」。 そのうち夏祭りが小野川から東、本宿地区の鎮守である八坂神社 [8] の祇園祭。 そして秋祭りが新宿地区の鎮守、諏訪神社の例祭です。 関東3大山車祭りの一つと称され、国の重要無形民俗文化財に指定されています。 山車は全部で24台。 夏祭りに10台、秋祭りに14台の山車が曳き廻されるそうです。 約300年の伝統を有するという山車祭り。 起源は、諏訪祭の享保6年 (1721) とされ、 現在のような形式となるのは文政年間 (1819-1829) 以降とされるそうです。 なお、祭りのとき以外でも、山車の一部はまちなかの山車会館で見学できます。 気になる人は立ち寄ってみてください。
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