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    万正寺の大カヤ

    巨木の写真

    撮影日 2017.09.16 【01】一樹で森を成す観の広大な枝張り.桑折町に立つ国内最大級の大カヤ.北側. 万正寺の大カヤ01
    【02】北側 万正寺の大カヤ02
    【03】西側 万正寺の大カヤ03
    【04】西側 万正寺の大カヤ04
    【05】西側 万正寺の大カヤ05
    【06】東側 万正寺の大カヤ06
    【07】東側 万正寺の大カヤ07
    【08】南東側 万正寺の大カヤ08
    【09】南東側 万正寺の大カヤ09
    【10】南側 万正寺の大カヤ10
    【11】南側 万正寺の大カヤ11
    【12】南側 万正寺の大カヤ12
    【13】南西側 万正寺の大カヤ13
    周辺の様子・解説板・カヤの実(2017.09.16) 【01】伊達氏の菩提寺と居城(観音寺と西山城)へ続く道の手前に立つ大カヤ 万正寺の大カヤ01
    【02】 万正寺の大カヤ02
    【03】 万正寺の大カヤ03
    【04】 万正寺の大カヤ04
    【05】 万正寺の大カヤ05

    巨木の詳細

    巨木の名前 万正寺の大カヤ[1]
    樹種 カヤ(榧)
    幹周 7.2m[1] 8.7m[7]
    樹高 15m[1] 16m[7]
    推定樹齢 300年以上[7]
    特徴 広大な樹冠と根本付近から多数分岐した幹
    保護指定 福島県指定天然記念物
    所在地 福島県伊達郡桑折町万正寺大榧
    所在施設 観音寺
    撮影日・状態 2017.09.16 : 樹冠は密度が高く広大で目立つ損傷もなく樹勢は良好.実も多く生らす.
    アクセス
    ■国見IC(東北自動車道)
      距離:約5.3km
      経由:県道46-国道4-町道-県道353(途中でアンダーパス)-市道
    電車 ■桑折駅(JR東北本線)
      距離:約1km
      経由:駅から南に位置するアンダーパスで東北本線の西側へ抜けていく
    参考情報 ■文献
    [1]現地解説板・大カヤ    :幹周・樹高の他、根本からの出土品などについて解説
    [2]現地解説板・観音寺    :由緒や歴史など解説(伊達氏四代・政依の建立)
    [3]現地解説板・藤原朝宗の墓 :伊達氏の始祖・朝宗の来歴など解説
    [4]桑折町歴史散策リーフレット:桑折町の公式サイトからDL可能(PDF)
    ■ウェブサイト
    [5]桑折町・公式サイト    :市の概要の他、歴史や史跡(大カヤ含む)について参考
    [6]遍照寺・公式サイト    :伊達朝宗に所縁のある寺(栃木県真岡市は旧居城・中村城がある)
    [7]巨樹巨木林データベース  :調査年1988の記録

    雑記1.国内最大級の大カヤに会いに

     福島県の中通り地域の北部に位置する桑折町。 この町に立つ国内最大級のカヤの巨木こそ、万正寺の大カヤ。 県内でも特に訪れたかった巨木です。 実物を前にすると、まず想像以上の広大な樹冠に驚かされました。 現地解説板によると枝張りは四方に約10m[1]。 実際には一部は10mを超えて伸びている様子に見えます。 全体の広がりは一辺約20m、面積約400平方mを覆うもの。 幹の太さだけでなく、枝張りも国内最大級の大カヤなのです。

     大カヤの樹下の姿。 太い幹は根本付近から複数の大枝となり四方へ分岐。 複雑に隆起と分岐を繰り返し波打つ様は大迫力。 その姿には、燃え上がる炎や巨大な軟体動物を思わせる凄味もありますが、全体的に纏った気配は明るいものです。 樹勢が良く健全で、奔放に枝を伸ばす姿は、あまり古木らしさを感じさせません。 下枝に長大なものが多く、その枝先は地面の近くまで達し、広大なドーム状の空間を形成。 訪れる者を優しく包み、心地よい一時を与えてくれる素晴らしい大カヤでした。

    雑記2.大カヤと桑折町の歴史

     名称から連想されますが、こ大カヤの立つ場所に万正寺はありません。 名称の由来は地名のようです。 鎌倉時代の初期、文治5年(1189)の奥州征伐で武功を立てた藤原朝宗は、源頼朝より伊達郡を与えられました。 朝宗は伊達氏の初代となり、後に伊達氏は奥州の覇者として興隆。 17代目は仙台藩の初代藩主となった政宗です。 その伊達氏初代の朝宗の菩提寺が萬勝寺。現在の下万正寺がその跡地で、墓所が残されています。 伊達氏の草創期に拠点となった場所であり、現在も桑折町の中心部が万正寺と呼ばれるのは、 朝宗と萬勝寺に由来があるのでしょう。[3・4・5]

     大カヤの立つ場所に万正寺(萬勝寺)は無かった。 これほど立派な巨木には、何か由縁がありそうなものです。 近くにあるのは観音寺と西山城跡。 観音寺は伊達氏4代政依が宝治年間(1247~48)、父・義広の菩提として建立した寺院。 この観音寺は、伊達五山(萬勝寺、東昌寺、光明寺、光福寺)と呼ばれた寺院のうち、唯一現存するものだそうです。 西山城は初代朝宗の頃から築城されたと考えられ、 第14代稙宗が天文元年(1532)の頃、現在の規模に改築したといわれます。 大カヤの立つ場所は、観音寺への参道と、西山城の大手門へ続く道へと重なります。 ちなみに現在の大カヤの管理は観音寺。昔は大カヤも観音寺の境内地に入っていた? [2・4・5]

     大カヤの立つ場所は遺跡でもあります。 明治10年と昭和26年の調査で鎌倉~室町時代の陶器が発掘。 愛知県産の古瀬戸の瓶子で、火葬された骨が納められたものもあったとか。[1・4・5]
     大カヤは伊達氏の居城と菩提寺の門前という、目立つ場所に位置し、根本からは瓶に入った遺骨が発掘。 伊達氏に所縁の古木であることは濃厚でしょう。 何らかの記念樹、館の庭木、墓標などとして植えられたのかもしれません。

    雑記3.栃木県にある伊達氏に所縁の古木

     伊達朝宗といえば、栃木県にも所縁の古木があることを思い出しました。 真岡市の遍照寺に立つカヤです( 「遍照寺のカヤ」 )。下野国の中村荘は、伊達郡へ移る前に朝宗が拠点としていた場所で、遍照寺は中村城の跡地に建っています。 そして、遍照寺のカヤには、朝宗が奥州征伐の凱旋の記念に植えたという伝承があるのです。 ならば、万正寺の大カヤは伊達郡に入部した記念樹として、朝宗が植えた可能性もありそうなもの…。 万正寺は何処にあるのか調べた結果、巡った他の巨木との縁?を見つけるという、嬉しい発見でした。