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  • 巨木TOP / 福島 / 鶴ヶ城(若松城)の巨木と桜

    鶴ヶ城(若松城)の巨木と桜

    巨木の写真

    鶴ヶ城本丸の巨木 【01】本丸外郭の土塁にそびえ立つ二柱、ケヤキとモミの巨木 鶴ヶ城本丸の巨木-01
    【02】 鶴ヶ城本丸の巨木-02
    【03】 鶴ヶ城本丸の巨木-03
    【04】 鶴ヶ城本丸の巨木-04
    【05】 鶴ヶ城本丸の巨木-05
    【06】 鶴ヶ城本丸の巨木-06
    【07】 鶴ヶ城本丸の巨木-07
    【08】 鶴ヶ城本丸の巨木-08
    【09】 鶴ヶ城本丸の巨木-09
    【10】 鶴ヶ城本丸の巨木-10
    【11】 鶴ヶ城本丸の巨木-11
    【12】 鶴ヶ城本丸の巨木-12
    【13】 鶴ヶ城本丸の巨木-13
    鶴ヶ城の巨木(北出丸・二ノ丸・伏兵郭・西出丸) 【01】広大な城内は本丸の外側にも巨木がたくさん.北出丸の外堀にも大ケヤキ. 鶴ヶ城の巨木-01
    【02】 鶴ヶ城の巨木-02
    【03】 鶴ヶ城の巨木-03
    【04】 鶴ヶ城の巨木-04
    【05】 鶴ヶ城の巨木-05
    【06】 鶴ヶ城の巨木-06
    【07】 鶴ヶ城の巨木-07
    【08】 鶴ヶ城の巨木-08
    【09】 鶴ヶ城の巨木-09
    【10】 鶴ヶ城の巨木-10
    【11】 鶴ヶ城の巨木-11
    【12】 鶴ヶ城の巨木-12
    【13】 鶴ヶ城の巨木-13

    巨木の基本情報

    巨木の名前 鶴ヶ城のケヤキ(仮名)
    樹種 ケヤキ(欅)
    幹周 6.20m [1]
    樹高 25.0m [1]
    推定樹齢 不明
    特徴 土塁傾斜地の立地、太い根本と空洞
    保護指定 国定史跡の立地、福島県緑の文化財
    所在地 福島県会津若松市追手町
    所在施設 鶴ヶ城公園
    撮影日・状態 2021.04.13 : 西側根本に空洞が開口、太い根本に比して主幹上部が少し先細りな印象
    アクセス
    磐越自動車道・会津若松ICから約6km(東口駐車場までの場合)
    電車 会津若松駅から約3km(タクシー利用で北出丸までの場合)
    バス 鶴ヶ城入口バス停、会津若松駅から会津バスの路線「あかべぇ」か「ハイカラさん」を利用
    参考情報 ■外部ウェブサイト
     [1] 巨樹巨木林データベース:一部の巨木の登録あり(2000年度の調査記録)
     [2] 会津若松観光ビューロー:鶴ヶ城の公式サイト
    ■少遠景の記録
     [3] 石部桜        :会津五桜の一本
     [4] 飯盛山と杉と桜    :飯盛山と共に麓の厳島神社の杉と太夫桜を紹介
     [5] 蚕養國神社の峰張桜  :市街地に鎮座する古社の桜

    複数の巨木情報

     地図中に示した巨木を巨樹巨木林DB [1] に登録済みのものから比定(誤っている場合あり)

    地図 登録済 幹周 樹高 枝張南北 枝張東西 補足
    ケヤキ (1) 6.20m 25.0m 25.0m 25.0m 本丸外郭の土塁、管理事務所の背後
    ケヤキ (2) 北出丸の外堀の北東縁、幹周は5mくらい?
    ケヤキ (3) 5.40m 15.0m 20.0m 20.0m 二ノ丸北側の伏兵郭、北側外郭の土塁
    ケヤキ (4) 二ノ丸、廊下橋の手前、幹周は4mくらい?
    ケヤキ (5) 5.50m 12.0m 20.0m 20.0m 西出丸、西側外郭の土塁(伐採済)
    モミ (1) 4.80m 35.0m 15.0m 15.0m 本丸外郭の土塁、管理事務所の背後
    モミ (2) 本丸外郭の土塁、稲荷神社の側、モミ (1) より太そう
    エゾエノキ 3.40m 20.0m 18.0m 18.0m 本丸外郭の土塁、稲荷神社の側

    巨木と雑記.鶴ヶ城の巨木たち

     鶴ヶ城は福島県で一度は訪れておきたいところ。 国定史跡で築城から600余年が経った今でも、大規模な城郭の遺構が保たれています (史跡の指定範囲は約8万7千坪)。 国内屈指の堅城で、本丸をはじめ壮大な石垣に覆われた各曲輪の、外郭や虎口は素晴らしい威容。 他にも再建された美麗な天守、美しい庭園なども見所で、城内には約1000本ものソメイヨシノが植栽。 桜の名所としても有名です。[2]

     城内に群生する巨木も鶴ヶ城の魅力。 特に曲輪外郭の土塁上に佇むケヤキの巨木たちには、目を見張るものがあります。 ちなみに、城内で私が特に気に入った巨木は2本。 北出丸の外堀にあるケヤキ。北出丸の石垣と重なる立ち位置がとてもよい。 そして本丸の大手門虎口の東、稲荷神社の側にある城内で最大のモミ。 探してみてください。 最後に以下、桜に彩られた鶴ヶ城天守の風景です。

    cm-鶴ヶ城の桜-01 【01】2013年に撮った写真。天守の南西側から桜を重ねて。 石垣を含めた天守5層目の屋根の高さまで36.5m、石垣の高さは11mらしい [2]。 現在の天守は1965年に再建されたもの。
    【02】 cm-鶴ヶ城の桜-02
    【03】 cm-鶴ヶ城の桜-03
    【04】 cm-鶴ヶ城の桜-04
    【05】 cm-鶴ヶ城の桜-05
    【06】 cm-鶴ヶ城の桜-06
    【07】 cm-鶴ヶ城の桜-07
    【08】 cm-鶴ヶ城の桜-08
    【09】 cm-鶴ヶ城の桜-09

    補足・鶴ヶ城の歴史概略

    【 蘆名氏の時代 】
     至徳元年(1384)、蘆名直盛に築かれた東黒川館が鶴ヶ城の前身とされる。 場所は現在の三ノ丸跡の周辺。 当時の会津若松は黒川と呼称。 第16代盛氏のとき、二ノ丸や本丸の城郭が造られたとされる。

    【 蒲生氏の時代 】
     天正17年(1589)、伊達政宗の侵攻により会津蘆名氏は滅亡。 すぐ後、豊臣秀吉の奥州仕置により、蒲生氏郷を伊勢から会津へ転封。 氏郷は、城郭の改築と城下町の建設を進め、黒川を若松と改め、城の名も鶴ヶ城と改名。 現在の会津若松の基礎を築いた。

    【 加藤氏の時代 】
     寛永4年(1627)に伊予から加藤嘉明が会津へ転封。 2代目の明成が城を大改築。 西出丸と北出丸を増築、天守閣を5層に改築。 本丸の大手口を二ノ丸から通じる廊下橋から変更。 北出丸から椿坂、太鼓門、帯郭、鉄門を経て本丸へ至る順路へ。 現在に通じる鶴ヶ城の姿が完成した。

    【 松平氏の時代 】
     寛永20年(1643)に徳川秀忠の庶子である保科正之が最上から転封。 3代目の正容から松平姓となり、9代目の松平容保が最後の藩主となった。 慶応4年(1868)に新政府軍と旧幕府軍による戊辰戦争がはじまる。 江戸城が落ちた後、旧幕勢力は会津藩を中心(奥羽越列藩同盟)に抗戦。 慶応4年8月に会津城下まで新政府軍が侵攻。約1ヶ月による籠城戦の末に降伏開城。

    【 近現代の鶴ヶ城 】
    明治07年(1874):天守と城内の建造物の破却
    明治23年(1890):松平家へ払い下げ
    明治41年(1908):会津に第13師団歩兵65連帯の設立記念に約1000本のソメイヨシノが植樹
    昭和09年(1934):若松市の市有となり国の史跡に指定
    昭和40年(1965):天守閣の再建

    (情報の参考元は会津若松観光ビューロー [2] )