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    玉敷神社の社叢

    巨木の写真

    玉敷神社のいちょう (2025.11.22) 【01】埼玉郡の総鎮守であった社殿を美しい黄葉で染めあげるイチョウ 玉敷神社のいちょう-01
    【02】 玉敷神社のいちょう-02
    【03】 玉敷神社のいちょう-03
    【04】 玉敷神社のいちょう-04
    【05】 玉敷神社のいちょう-05
    【06】 玉敷神社のいちょう-06
    【07】 玉敷神社のいちょう-07
    【08】 玉敷神社のいちょう-08
    【09】 玉敷神社のいちょう-09
    玉敷神社のいちょう (2021.12.12) 【01】八坂神社の側 (幹周5m) と本殿の側 (幹周6m) にそびえる2本 玉敷神社のいちょう-01
    【02】 玉敷神社のいちょう-02
    【03】 玉敷神社のいちょう-03
    【04】 玉敷神社のいちょう-04
    【05】 玉敷神社のいちょう-05
    【06】 玉敷神社のいちょう-06
    【07】 玉敷神社のいちょう-07
    【08】 玉敷神社のいちょう-08
    【09】 玉敷神社のいちょう-09
    【10】 玉敷神社のいちょう-10
    【11】 玉敷神社のいちょう-11
    【12】 玉敷神社のいちょう-12
    【13】 玉敷神社のいちょう-13

    巨木の基本情報

    巨木の名前 玉敷神社のいちょう [2]
    樹種 イチョウ (公孫樹)
    幹周 5.0m / 6.0m [2], 5.0m / 5.8m [3]
    樹高 30m / 30m [2], 25m / 25m [3]
    推定樹齢 500年 [2]
    特徴 本殿横のものは根本から3幹に分岐
    保護指定 加須市指定天然記念物
    所在地 埼玉県加須市騎西
    所在施設 玉敷神社
    撮影日・状態 2025.11.22 : 樹容に目立つ変化なし、黄葉は散り始め
    2021.12.12 : 樹勢良好な様子、樹下と社殿の周囲が落葉に覆われて鮮やか
    アクセス
    東北道・加須ICから約8km (久喜ICから約12km)
    電車 東武鉄道・加須駅から約4km
    バス プラザきさいバス停、朝日バスの路線、鴻巣駅~加須駅を繋ぐ区間
    参考情報 ■現地解説板
     [1] 玉敷神社        :解説板、内容は下記雑記の写真03を参照
     [2] 玉敷神社のいちょう   :解説板、内容は上記巨木の写真13を参照
    ■外部ウェブサイト
     [3] 巨樹巨木林データベース :当巨木の登録あり (2000年度の調査記録)
     [4] 玉敷神社ホームページ  :由緒など参照
    ■少遠景の記録
     [5] 上高柳諏訪神社のスダジイ:加須市、同じ騎西町の区域、近所の山王神社も紹介 (猿の石像がたくさん)
     [6] 總願寺のイチョウ    :加須市街地、加須の不動尊として知られた古刹
     [7] 龍蔵寺の大銀杏     :加須市街地、龍に転じた鬼の伝説があるイチョウ

    巨木と雑記

     加須市の南部、旧騎西町の中心部である地区の騎西。 当地にある古社が、旧騎西町の総鎮守である玉敷神社 (由緒は後述) です。 広い境内と緑豊かな豊かな樹叢を有し、 荘厳な社殿の傍らには、見事なイチョウの御神木が2本。 樹勢良好でり、秋には美しい黄葉に彩らる社殿がじつに神秘的です。 また境内東側は、市に貸与され玉敷公園として整備。 複数のケヤキやクスノキがあり、北側には県の天然記念物である大フジがあります。 いつかフジの花咲く5月に再詣してみたいところ。 以下、境内の様子です。

    cm-玉敷神社-01 【01】拝殿正面の大鳥居前。見切れているが右手に社務所が建つ。
    【02】 cm-玉敷神社-02
    【03】 cm-玉敷神社-03
    【04】 cm-玉敷神社-04
    【05】 cm-玉敷神社-05
    【06】 cm-玉敷神社-06
    【07】 cm-玉敷神社-07
    【08】 cm-玉敷神社-08
    【09】 cm-玉敷神社-09


     玉敷神社の由緒 [1] [4] について。創祀は大宝3年 (703)。 朝廷より東山道の巡察使として派遣された、多治比真人三宅麿による創建との伝承。 延喜式神名帳に記載のある式内社であり、古くは久伊豆大明神と称されていた。 平安時代より高い社格有し、埼玉郡の総鎮守とされてきた古社です。 元の鎮座地は数百mほど北、正能村 (現加須市正能) とされる。 天正2年 (1574) 上杉謙信が武蔵に出兵の際、兵火により焼失。 その後に何度か遷座再建を重ね、寛永4年 (1627) 騎西城主の大久保忠職により、現在地に造営されたそうです。 本殿と幣殿が文化13年 (1816)、拝殿は明治31年 (1898) に改築です。