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    城願寺のビャクシン

    巨木の写真

    撮影日(2018.08.31) 【01】鎌倉初期に活躍した武将、土肥実平の手植えと伝わる見事な立姿のビャクシン 城願寺のビャクシン_01
    【02】南側 城願寺のビャクシン_02
    【03】南側 城願寺のビャクシン_03
    【04】南側 城願寺のビャクシン_04
    【05】西側 城願寺のビャクシン_05
    【06】北側 城願寺のビャクシン_06
    【07】西側 城願寺のビャクシン_07
    【08】東側 城願寺のビャクシン_08
    【09】解説板 城願寺のビャクシン_09

    巨木の詳細

    巨木の名前 城願寺のビャクシン [1]
    樹種 ビャクシン(柏槇)
    幹周 6m [1][4]
    樹高 20m [1][4]
    推定樹齢 800年 [1][2], 900年 [5]
    特徴 複雑に捩じれて立ち昇る幹
    保護指定 国指定天然記念物
    所在地 神奈川県足柄下郡湯河原町城堀
    所在施設 城願寺
    撮影日・状態 2018.08.31 : 数か所に枝の欠損跡があるが樹勢は良い様子、南側が特に健全な姿
    アクセス
    西湘バイパス・石橋ICから約13km
    小田原厚木道路・小田原東ICから22km
    伊豆縦貫自動車道・三島塚原ICから約27.5km(国道1、県道20、県道75経由)
    電車 湯河原駅から約500m
    参考情報 ■現地資料
     [1] 解説板・城願寺のビャクシン:幹周・樹高・樹齢、土肥実平の植樹、など掲示
     [2] 解説板・城願寺      :箱根ジオパークのジオサイトとしての解説も掲示
     [3] 解説板・七騎堂      :ビャクシンの近くにあるお堂の由緒
    ■外部ウェブサイト
     [4] 巨樹巨木林データベース  :平成12年度(2000)の調査記録
     [5] 城願寺ホームページ    :寺の由緒、行事、境内案内など
    ■少遠景の記録
     [6] 巨木・五所神社の楠    :湯河原町の鎮守の杜(明神の楠も含む)
     [7] 巨木・建長寺のビャクシン :鎌倉五山の筆頭、建長寺に立つ神奈川最大のビャクシン

    巨木と雑記.城願寺

     関東最大級の楠が立つ鎮守の杜である五所神社 [6]。 国指定天然記念物のビャクシンが立つ禅宗の古刹である城願寺。 そして真鶴半島に面した相模湾の景勝地でもある温泉地。 以前から注目していたところ、 箱根と熱海の手前にある湯河原町にて、巨木と観光を満喫してきました。

     さて城願寺の由緒について [2][5]。 源頼朝を助け鎌倉幕府創設に貢献した武将、土肥実平の一族の菩提寺(境内南奥に墓所)。 鎌倉時代初期、土肥実平は本拠である土肥郷に、 一族の持仏堂として荒廃していた密教寺院を再興、萬年山と号した。 南北朝時代に子孫(土肥兵衛入道)により臨済宗に改宗し中興。 土肥氏が追われ、小田原大森氏の支配となった時代に衰退(土肥氏の一部は越中・富山へ移る)。 戦国時代の大永5年(1525)、大州梵守和尚により再興、曹洞宗に改宗して現在に至るそうです。

    城願寺-01 城願寺の本堂前。境内の墓地の南奥には、寺を開基した土肥実平の一族の墓所が残されている。
    解説板 城願寺-02
    解説板 城願寺-03
    七騎堂 城願寺-04
    解説板 城願寺-05

    巨木と雑記.ビャクシン

     城願寺のビャクシンは、鎌倉市の建長寺 [7] のものと並ぶ関東最大級のビャクシン。 土肥実平の手植えと伝えられる古木 [1][2][5]。 根本から4本ほどの太い幹が複雑に捩じれ合い、炎のような揺らめく曲線で立ち昇っていくような、威厳と迫力に富んだ姿。 横に伸びた枝張りは見事で樹冠は広大。参道の石段に伸びた大枝が門のようになっている。 複数の大枝を欠損しているものの樹勢は良い様子。 陽当たりの良い南側が特に健全な状態。 複雑な造形でも全体的に均整がとれた格調高い姿で、古木らしい風格も際立っている。 生育環境の希少性も理由なのでしょうが、 国の天然記念物の指定に相応しいと感じさせる、素晴らしい立姿のビャクシンでした。