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  • 巨木TOP / 神奈川 / 建長寺の柏槇(ビャクシン)

    建長寺の柏槇(ビャクシン)

    巨木の写真

    建長寺の柏槇(2017.08.03) 【01】鎌倉で最も訪れたかった場所、建長寺とその庭園に立つ見事なビャクシン 建長寺のビャクシン01
    【02】 建長寺のビャクシン02
    【03】 建長寺のビャクシン03
    【04】 建長寺のビャクシン04
    【05】 建長寺のビャクシン05
    【06】 建長寺のビャクシン06
    【07】 建長寺のビャクシン07
    【08】 建長寺のビャクシン08
    【09】 建長寺のビャクシン09
    【10】柏槇の列 建長寺のビャクシン10
    【11】柏槇の列 建長寺のビャクシン11
    【12】柏槇の列 建長寺のビャクシン12
    【13】柏槇の列 建長寺のビャクシン13
    建長寺境内の様子(2017.08.03) 【01】天下門:県道に面した第一の門、手前に2本のビャクシンの大木 建長寺の境内01
    【02】総門 建長寺の境内02
    【03】三門 建長寺の境内03
    【04】仏殿 建長寺の境内04
    【05】法堂 建長寺の境内05
    【06】勝上嶽 建長寺の境内06
    【07】唐門 建長寺の境内07
    【08】参道 建長寺の境内08
    【09】半僧坊 建長寺の境内09
    【10】展望台 建長寺の境内10
    【11】展望台 建長寺の境内11
    【12】展望台 建長寺の境内12
    【13】展望台 建長寺の境内13
    境内の解説板(2017.08.03) 【01】境内図:広大な山谷に拓かれた境内地.拝観時間は1時間では足りない. 建長寺の解説板01
    【02】境内図 建長寺の解説板02
    【03】総門 建長寺の解説板03
    【04】総門 建長寺の解説板04
    【05】柏槇 建長寺の解説板05
    【06】柏槇 建長寺の解説板06
    【07】仏殿 建長寺の解説板07
    【08】法堂 建長寺の解説板08
    【09】唐門 建長寺の解説板09

    巨木の詳細

    巨木の名前 建長寺の柏槇[01]
    樹種 ビャクシン(柏槇)
    幹周 6.5m[01] 6.59m[11]
    樹高 13m[01・11]
    推定樹齢 760年[01]
    特徴 巨大な下枝と波打つ幹肌
    保護指定 鎌倉市指定天然記念物
    所在地 神奈川県鎌倉市山ノ内8
    所在施設 建長寺
    撮影日・状態 2017.08.03 : 全体的な枝葉の繁茂具体から樹勢は良い様子.太い下枝で幹周以上の迫力.
    アクセス
    ■朝比奈IC(横浜横須賀道路)
      距離:約6.2km
      経由:県道23-県道204-県道21
    ■藤沢IC(新湘南バイパス)
      距離:約11.2km
      経由:国道1-市道-県道43-国道467-県道302-県道21
    電車 ■北鎌倉駅(JR横須賀線・湘南新宿線)
      距離:約1.2km
      経由:県道21号沿いに歩く、駅前の円覚寺にも参拝しておきたい
    参考情報 ■現地資料
    [01]解説板・建長寺の柏槇 :柏槇の手前に設置、隣に劣化対策工事の解説板も併設
    [02]解説板・建長寺境内図 :総門前の駐車場(写真の現在地)
    [03]解説板・総門     :総門の向かって左側の板塀に設置
    [04]解説板・三門     :写真なし、三門の向かって正面右側の柱に設置
    [05]解説板・仏殿     :仏殿の向かって正面左側の外壁に設置
    [06]解説板・法堂     :法堂の向かって正面左側の外壁に設置
    [07]解説板・唐門     :唐門の向かって正面左側の漆喰壁に設置
    [08]解説板・方丈     :写真なし、別名・龍王殿
    [09]解説板・庭園     :写真なし、方丈の中庭
    [10]解説板・半僧坊    :写真なし、本堂の向かって右側正面の外壁に設置
    ■ウェブサイト
    [10]大本山・巨福山・建長寺:建長寺の公式サイト、twitter(@kenchoji_info)でも情報発信している
    [11]巨樹巨木林データベース:幹周と樹高を引用(調査年1988)
    [12]wiki・建長寺   :建長寺の歴史・伽藍・文化財など参考
    近辺の巨木 鶴岡八幡宮の大銀杏 :2010年に倒伏してしまったが若木が育ってきている

    巨木と雑記1.20年ぶりの鎌倉

     2017年8月、鎌倉へ訪れたのは約20年ぶり。中学校の修学旅行から随分と経ちました。 30歳を過ぎて再訪した鎌倉の景色は、宝の山に見えます。 古都・鎌倉の歴史を伝える、格式高く立派な伽藍の寺社の密集地帯。 入り組んだ谷戸の地形に抱かれた史跡群には、往時の空気を纏った何か霊的な気配も感じさせる。 日帰りで訪れるのが勿体無い鎌倉。 なお、当日は 鶴岡八幡宮 -源頼朝の墓-建長寺、茅ヶ崎の 鶴嶺八幡宮 を巡りました。

    巨木と雑記2.建長寺

     私が鎌倉で特に訪れたかった寺院の建長寺。 広大な山谷に拓かれた鎌倉で最大級の伽藍。 境内全体は国の史跡。 主要な寺院建築は国の重要文化財で、山門(三門)・仏殿・法堂は関東最大級。 美しい名勝の庭園には、池を囲む方丈の庭園と、ビャクシンの巨木が並ぶ中庭。 室町時代の初期には、鎌倉で最も格式高い禅宗寺院となる「鎌倉五山の第一位」。 更に、鎮守の半僧坊権現を祀る勝上嶽には、伽藍や鎌倉市街の見える展望地。 荘厳な境内で打ち寄せ続ける感嘆の波。 ・・・でも、ここは創建から連綿と続く純粋な禅の修業道場。 拝観は静粛にです。[10・12]

     建長寺の由緒について。 創建は鎌倉幕府5代執権・北条時頼によるもの。 時頼は宋から渡来した大覚禅師(蘭渓道隆)を鎌倉に招いて帰依。 建長5年(1253)、大覚禅師により建長寺は開山。 当時の日本ではまだ珍しい純粋な禅宗の寺院となり、大覚禅師が書いた法語規則は国宝として現存。
     建長寺の伽藍は、正応6年(1293)の大地震、正和4年(1315)と応永23年(1416)の火災など、 重なる災害で創建当初の建物は消失。現存する伽藍の殆どは江戸時代に再建されたもの。 ちなみに写真はありませんが、方丈の奥にある池を囲んだ庭園は、 大覚禅師の作庭とされているそうです。以下、主な伽藍の建立年代。 [03・04・05・06・07・08・09・10・12]

      ■総門 :昭和15年に移築
           天明3年(1783)に建立の京都・般舟三昧院の門
      ■三門 :安永4年(1775)に再建(重文)
      ■仏殿 :正保4年(1647)に移築(重文)
           増上寺の徳川秀忠の夫人・崇源院の霊屋
      ■法堂 :文化11年(1814)に再建(重文)
      ■唐門 :正保4年(1647)に移築
           増上寺の徳川秀忠の夫人・崇源院の霊屋の門
      ■方丈 :昭和15年に移築
           享保17年(1732)に建立の京都・般舟三昧院
      ■半僧坊:明治23年(1890)に建立
           当時の住職・霄貫道老師の発願、半僧坊大権現を建長寺の鎮守として祀る

    巨木と雑記3.ビャクシンの感想

     荘厳な三門を潜り抜けた先、仏殿との間にあるのはビャクシンの大木が並ぶ中庭。 建長寺庭園として方丈の庭園とともに国の名勝に指定されています。 参道を左右に挟んで3本のビャクシンが2列。 左列の中央が最大の固体である掲題の「建長寺の柏槇」。 神奈川県内でも特に会いたかった巨木。その立姿は予想以上に素晴らしいものでした。[12]

     立姿の特徴は太く力強い下枝。 横に突き出てから上へ伸び上がっていくので、地上から3~4mの幹は根元よりかなりボリュームがあります。 古木らしい風格を感じますが、まだまだ活力は漲っている。 複雑に波打つ赤茶けた樹皮は筋肉質、逞しい両腕を掲げる巨人の上半身のようにも見える姿です。
     伝承では開山の大覚禅師のお手植えとされるビャクシン(樹齢の根拠)。 禅の大道場の長い歴史を見守ってきた生き証人。 今にも参拝者へ説法を始めそうな、只ならぬ威厳を感じる巨木でした。[01]