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    高麗川神社のタブノキ

    巨木の写真

    撮影日:2010.03.14 【01】高麗川神社のタブノキ(2010):県内でも最大級のタブノキ.東側 高麗川神社のタブノキ01
    【02】東側② 高麗川神社のタブノキ02
    【03】東側③ 高麗川神社のタブノキ03
    【04】東側④ 高麗川神社のタブノキ04
    【05】南側 高麗川神社のタブノキ05
    【06】西側 高麗川神社のタブノキ06
    【07】東側⑤ 高麗川神社のタブノキ07
    【08】解説版 高麗川神社のタブノキ08
    【09】木霊さん 高麗川神社のタブノキ09

    巨木の詳細

    巨木の名前 高麗川神社のタブノキ 樹種 タブノキ(椨)
    幹周/樹高 (北)5.2m (南)5.3m / 22m 推定樹齢 300年
    保護指定 不明 所在地 埼玉県日高市上鹿山
    撮影日/天候 2010.03.14 / 晴 / 南側の株に空洞あり.2株とも樹勢は良い様子であった
    アクセス
    ■首都圏中央連絡自動車道・狭山日高IC :距離約5.2km
    ■首都圏中央連絡自動車道・園央鶴ヶ島IC:距離約8.4km
    電車 ■高麗川駅(川越線・八高線):距離約600m
    備考 神社の参拝者向けの駐車場は見当たらなかった.日高市は巾着田の彼岸花の群生地が見事.
    近辺の観光 ひだかの旅・日高市観光協会
    近辺の巨木 多和目のカゴノキ

    巨木の地図

    巨木と雑記

    埼玉県の中央南部に位置する日高市。 南北を丘陵に囲まれ、中心部を高麗川(こまがわ)が流れています。 高麗川沿いにある巾着田は、彼岸花の群生地で、県内でも有名な花の名所の一つ。 タブノキの巨木が立つ高麗川神社は、市の中心部にある高麗川駅の近くに鎮座しています。

    高麗川神社の由緒は、調査不足で分かりませんが、 元は八剣神社と呼ばれていたそうです。 主祭神は、日本武尊と橘姫命の2柱。境内には八坂神社と稲荷神社も合祀。 大タブは、境内の中央、社殿の前に立っていて、境内の前を通る県道からでも、その姿はよく見えます。

    大タブは、見ての通り、根元が癒着した2株の巨木で、それぞれの幹周は約5mほど。 2つの幹の間に空間がありますが、合わせて幹周8mくらいのボリュームがあり、根回りは10m近く。 樹勢も良く、堂々たる見事な立ち姿の御神木です。 県内でも有数のタブノキの巨木なのではないでしょうか。 この大タブ、2本の合体木と見えますが、北側の株の根元にある解説版を見ると…。 慶安2年(1649年)の頃、幹周6.6mくらいの大タブがあり、 その根株から生えて来たヒコバエが、現在の大タブであると記されていました。 世代交代を経て、中央にあった根株を覆い尽くす巨木となったヒコバエ。 奇跡の復活と生長を成し遂げた大タブです。

    以下、高麗川についての小話です。

    【 高麗川の名前の由来 】
     日高市の中央を流れる高麗川(こまがわ)。 川の名前が、お隣の大陸側の文化を感じさせるもの(こうらい、とは読まない)。 それは、この地がかつて、高麗郡(こまぐん)と呼ばれていたことに由来します。 高麗郡は、奈良時代の初期(716年)に、高句麗からの渡来人たちの居住地として、 朝廷に設置されたのが始まりとされます。 高句麗は、唐の侵攻により飛鳥時代の末期(668年)に滅亡し、多くの戦争難民が日本へ渡来。 当時、最先端の文化と技術を持った渡来人たちを、朝廷は優遇してきました。 高麗郡は、そんな渡来人に開かれた場所の一つだったのです。
     現在、日高市は、高麗郡であった歴史的な繋がりもあって、 大韓民国の鳥山(オサン)市と友好都市となっています(1996年10月1日に締結)。