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    大雄山最乗寺の巨スギ群

    巨木の写真

    撮影日 2015.06.23 【01】大雄山最乗寺の巨スギ群:県道から境内まで巨スギが並ぶ.三門前 大雄山最乗寺の巨スギ群01
    【02】トイレ前 大雄山最乗寺の巨スギ群02
    【03】瑠璃門横① 大雄山最乗寺の巨スギ群03
    【04】瑠璃門横② 大雄山最乗寺の巨スギ群04
    【05】不動堂の前 大雄山最乗寺の巨スギ群05
    【06】結界門① 大雄山最乗寺の巨スギ群06
    【07】結界門② 大雄山最乗寺の巨スギ群07
    【08】三面大黒① 大雄山最乗寺の巨スギ群08
    【09】三面大黒② 大雄山最乗寺の巨スギ群09
    【10】奥の院① 大雄山最乗寺の巨スギ群10
    【11】奥の院② 大雄山最乗寺の巨スギ群11
    【12】奥の院③ 大雄山最乗寺の巨スギ群12
    【13】奥の院④ 大雄山最乗寺の巨スギ群13
    巨木の周辺・最乗寺の境内の様子(2015.06.23) 【01】巨木の周辺:境内の建物の様子.白雲閣の前から見た奥の僧堂 gd大雄山最乗寺の巨スギ群01
    【02】大書院 gd大雄山最乗寺の巨スギ群02
    【03】瑠璃門の前 gd大雄山最乗寺の巨スギ群03
    【04】酈懸梅 gd大雄山最乗寺の巨スギ群04
    【05】本堂 gd大雄山最乗寺の巨スギ群05
    【06】多宝塔 gd大雄山最乗寺の巨スギ群06
    【07】結界門 gd大雄山最乗寺の巨スギ群07
    【08】御真殿 gd大雄山最乗寺の巨スギ群08
    【09】高下駄 gd巨木0109
    【10】奥の院① gd巨木0110
    【11】奥の院② gd巨木0111
    【12】奥の院③ gd巨木0112
    【13】奥の院④ gd巨木0113

    巨木の詳細

    巨木の名前 大雄山最乗寺の巨スギ群 幹周/樹高 7m / 45m(※最大の固体)
    樹種 スギ(杉) 保護指定 神奈川県指定天然記念物
    推定樹齢 500年(※最大の固体) 撮影日/天候 2015.06.23 / 晴
    所在地 神奈川県南足柄市大雄町
    アクセス
    ■ 東名高速道路・大井松田IC:
      距離約8km(県道78、723を経由した場合)
    電車 ■ 大雄山駅(伊豆箱根鉄道):
      伊豆箱根バスの「道了尊」行に乗車.約10分で到着.
    備考 大雄山の山林に入るまで、幼稚園などある住宅地の細い道を通るので速度に注意。
    ここは道場の禅寺、御導師たちの修行の妨げにならぬよう静かに拝観すべし。
    大雄山は南西の明神岳からの尾根が続き、ここは登山口のひとつでもある。
    近辺の観光 大雄山最乗寺 /  南足柄市観光協会・やっほう!あしがら
    近辺の巨木 (探索中)

    巨木の地図

    巨木と雑記

     火山である箱根山の北東部に位置する外輪山の明神ヶ岳。富士山、丹沢山地、相模湾の好展望台です。 その明神ヶ岳の更に北東山麓に山号・大雄山の最常寺はあります。 曹洞宗・了庵派の派祖である了庵慧明禅師(※1)が開山した600年(応永元年:1394)もの歴史ある霊場です。 境内の山林は約1.3k㎡(130町歩)もの広さがあり、多くの巨スギと堂塔が並ぶ 仏法修行の大伽藍です。
     県道723号線を大雄山に向けて南進し、民家が無くなってくると、山麓に入ります。 写真はありませんが、赤い仁王門を過ぎると、道の両脇に立つ大スギが目立ってきます。 まるで栃木県の日光街道に並ぶ日光杉並木のようでした。 仁王門から3km先まで、車道と並走した天狗の小道があります。 大スギの並木の中をゆっくり歩け、22丁目の位置には「袈裟掛けの松」(※1-2)があります(これも後で知ったので写真無し…)。
     立派なお堂の並ぶ境内へ入っても、参道やお堂の脇に、幹周5m以上はありそうな大スギが多いのに驚きます。 特に瑠璃門、結界門、三面大黒殿、奥の院への長い階段(350段以上)の側に立つ大スギが巨大なようでした。 清められ美しくも華美過ぎない厳かな境内の参道や堂塔。それらを囲む大雄山の大スギの群れ。 仏法修行の霊場の深い歴史と篤い信仰、そして強い求道心を感じました。
     この最乗寺では、天狗信仰があり、お堂の瓦や壁や柱の意匠に、天狗の団扇のマークが飾られていたり、 門や参道の脇に、天狗の衛士の像が安置されています。 開山した了庵慧明禅師(※1)の弟子である道了尊(※3)が天狗に化身し、大雄山を守護していると云われるからです。 なるほど、何やら霊気を感じる境内では、大スギの上から天狗が見下ろしているのかもしれません。 道了尊を祀った御真殿の中には、両脇侍として巨大な大天狗・小天狗の像が安置され、 御真殿の脇には大きな天狗の高下駄が奉納されていて見物です。

    【 補足説明 】

    ※1)了庵慧明
      曹洞宗で最大の門流である了庵派の派祖(1337-1411)。
      出身は相模大住郡糟谷荘(現・神奈川県伊勢原市)。俗姓は藤原氏で、地頭の職に在った。
      初め臨済宗に学び、諸国行脚の後、丹波(兵庫県)永沢寺の通幻寂霊の弟子となり、曹洞宗に改宗。
      通幻のあとを嗣いで永沢寺と、近江・総持寺、越前・龍泉寺、能登・妙高庵寺を住持し
      応永元年(1394)年に故郷の相模へ戻り大雄山最乗寺を開くに至る。
      開山の霊験は(※1-2)を参照。弟子の道了尊は(※3)を参照。

    ※1-2)開創の霊験
      了庵が通幻を嗣いで後席の寺を住持した後、相模の曽我の里に竺圡庵(ちくどあん)を結んだ。
      ある日、1羽の大鷲が了庵の袈裟をつかんで足柄の山中まで飛び、大松の枝に掛けた。
      この霊験の啓示により、南足柄の山中に大雄山最乗寺が開山された。
      この「袈裟掛けの松」の跡(枯死状態)が仁王門から続く天狗の小道の22丁目に残っている。

    ※3)天狗信仰と道了尊
      了庵慧明の弟子。出生は不明。明覚道了、道了大薩埵、道了尊とも呼ばれる。
      覚増法親王(※4)に仕え、奈良の金峰山と大峰山や熊野三山で修業し、修験道を満行した。
      三井寺園城寺(滋賀県大津市にある天台宗の総本山)にて、
      観学(指導的立場の高位の僧に与えられる称号)を務めていたときに、
      大雄山開山には了庵のもとへ参じ、土木の業に従事し、寺の建立に大いに貢献した。
      了庵が遷化すると道了は「大雄山を護り多くの人々を利済す」旨の五大誓願文を唱えて、
      姿を変え、火焔を背負い、白狐に乗り、山中に身を重ねた。
      以後、道了は大雄山を守護する天狗や、十一面観世音菩薩の化身とされ、厚く信仰されている。

    ※4)覚増法親王
      後光厳天皇の皇子(1363-1390)。京都の聖護院にて出家。
      後に滋賀の三井寺園城寺(天台宗)の長吏(別当・座主と同格?)を務めた。