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    杉沢の大スギ

    巨木の写真

    撮影日 2017.04.20 【01】春4月、桜巡りの興奮が色あせるほど見事な姿の大スギ.北東側. 杉沢の大スギ01
    【02】北側 杉沢の大スギ02
    【03】北側 杉沢の大スギ03
    【04】北側 杉沢の大スギ04
    【05】東側 杉沢の大スギ05
    【06】東側 杉沢の大スギ06
    【07】南側 杉沢の大スギ07
    【08】南側 杉沢の大スギ08
    【09】南側 杉沢の大スギ09
    【10】南側 杉沢の大スギ10
    【11】西側 杉沢の大スギ11
    【12】西側 杉沢の大スギ12
    【13】西側 杉沢の大スギ13
    撮影日 2015.04.15 【01】広い緑地の中央に1本で立つ見事な大スギ.北東側. 杉沢の大スギ201501
    【02】北側 杉沢の大スギ201502
    【03】北側・駐車場 杉沢の大スギ201503
    【04】北側 杉沢の大スギ201504
    【05】東側 杉沢の大スギ201505
    【06】西側 杉沢の大スギ201506
    【07】西側 杉沢の大スギ201507
    【08】西側 杉沢の大スギ201508
    【09】西側 杉沢の大スギ201509
    撮影日 2012.08.25 【01】夏の熱い日差しで青々と輝く大スギ.西側. 杉沢の大スギ01
    【02】北側・花壇 杉沢の大スギ02
    【03】北側・駐車場 杉沢の大スギ03
    【04】西側 杉沢の大スギ04
    【05】西側 杉沢の大スギ05

    巨木の詳細

    巨木の名前 杉沢の大スギ[1]
    樹種 スギ(杉)
    幹周 12.6m[1] 12.8m[4]
    樹高 50m[1] 45m[4]
    推定樹齢 600~1000年[1]
    特徴 背が高く端正な円錐形の樹冠
    保護指定 国指定天然記念物
    所在地 福島県二本松市杉沢字平97
    管理組織 二本松市・杉沢行政区[5]
    撮影日・状態 2017.04.20 : 前回と大きな変化なし.周囲の桜はあと数日で咲くのだろう.
    2015.04.15 : 前回と大きな変化なし.昨夜の降雨で濡れた幹が黒々として凄味があった.
    2012.08.25 : 梢の先端から根本まで枝葉が繁茂.健全で巨大な大スギは実に気持ちよい姿.
    アクセス
    ■船引三春IC(磐越自動車道)
      距離:約11km
      経由:県道50-国道349
    ■二本松IC(東北自動車道)
      距離:約24km
      経由:国道459-国道4-国道459-国道349
    電車 ■船引駅(JR磐越東線)
      距離:約8.7km
      経由:路線バスの圏外、船引駅か二本松駅などからタクシーの利用
    参考情報 ■文献
    [1]現地解説板・杉沢の大スギ    :二本松市教育委員会の設置、大杉の大きさ・樹齢・伝承など
    [2]現地解説板・お杉さんの伊勢まいり:安達地方新しい旅実行委員会の設置、大杉の民話
    [3]図書・大日本老樹名木誌     :著者・本多静六(「国立国会図書館Web」より閲覧)
    ■ウェブサイト
    [4]巨樹巨木林データベース     :農政課農林係、調査年2000
    [5]二本松市(公式)        :二本松市の概要や歴史、観光スポット(大スギ含む)など参考
    [6]二本松市観光連盟        :二本松市の観光スポットなど参考
    [7]たびねす・杉沢の大スギ     :大木幹郎の投稿記事、大スギの大きな写真あり
    [8]まんが日本昔ばなしデータベース :杉杉の大スギにまつわる民話「むすめ杉」を参考
    [9]wikipedia・坂上田村麻呂:大スギの伝承の信憑性を確かめるために参考
    近辺の巨木 三渡神社の参宮桜   :公開準備中.三渡神社は杉沢の大スギから近い.
    合戦場のシダレザクラ :近年有名な二本松市の桜.菜の花に覆われた丘陵の上に立つ.

    巨木の雑記1.大スギについて

     杉沢の集落は、東西に長い形の二本松市の南東部に位置。 西に伊達政宗の支城・小浜城のあった小浜の丘陵、 東に阿武隈山地の裾野にある針道の丘陵に囲まれた場所。 緩やかな起伏の台地に林と田畑が続く集落の中、福島県最大の巨木「杉沢の大スギ」は立っています。[5・6]
     大スギは広い緑地の中心にあり、根元から距離をとった木道で囲まれ、手厚く保護。 集落のシンボルとして古くから大切にされたきた巨木で、集落の名前も大スギが元とされます。 寛永20年(1643)、二本松藩主・丹羽光重が領内を巡検の際に、この見事な大スギに感銘を受け、 杉沢の大スギと命名されたと云われます。[1]

     大スギは目立った損傷がなく、枝葉を大量に繁茂。 樹齢千年を超えるという古木ですが、若木のように漲る活力を示しています。 50m近い梢の先端から、地面まで届く位置まで豊かな緑の笠で装い、全体として端正で美しい円錐の樹冠。 太い幹は約9m付近から南北に大きく2つに分かれ、両手を掲げた巨人が仁王立ちしているように、威風堂々たるもの。 眺めていれば心が晴れ渡ってくる、美しく力強い立姿の大スギ。 離れても、根本から見上げても、どの位置から眺めても、目に映る見事な立姿。 訪れてその神々しい姿を見上げる度に、身が震えるほどの感銘を受けました。
     春4月中旬、福島での桜巡りの途次、凛々しく剛健なこの大スギに会うことは、実に爽快な花見酔いの良い気付け。 気持ちも新たに、次なる一本桜を目指すことができるというものです。

    巨木の雑記2.大日本老樹名木誌の記録

     大正2年に刊行された大日本老樹名木誌[3]。著者の本多静六氏は、林学博士や造園家として著名な人物。 氏が日本全国の名木を調査したこの本に、杉沢の大スギも掲載。 誌に掲載される名木は全部で1500本。 130~415本目が杉で、147本目に「杉澤ノ大杉」が登場します。

     大日本老樹名木誌にある杉沢の大スギの記録。 大きさは、幹周は地上5尺(約1.5m)で4丈(約12.12m)。樹高は30間(約54.55m)。 そして枝の広がりは300余坪(約990平方m)。大きさは現在とほぼ同等なのでしょうか。 樹齢は不明と記録。

     誌にある伝承では面白いことが2つ。 1つ目は大スギの呼称の由来。 大同年間(806~810)に坂上田村麻呂が蝦夷征討の帰途、この村の安養寺に滞在。 その際に大スギを見て名木としたので、菅野村は杉澤村と改称した、というもの。 おや、二本松藩主・丹羽光重の命名でなかったか? 実際は大同年間に蝦夷征討は実行されず、田村麻呂は中央に居たらしいもの[9]。 ちなみに、大スギから北に300mほどの位置に安養寺があります。伝承と同じ寺院でしょうか?
     2つ目の伝承は、大スギに特別な呼称のある大枝があったこと。 誌によると、天狗の腰掛枝、櫓枝、長者枝の3つ。現在も残っているのでしょうか。 大枝の分かれ目が腰掛枝?、双幹となって高く伸びている2本が櫓枝と長者枝?、分かりませんが、想像を掻き立てますね。

    巨木の雑記3.大スギにまるわる民話

     大スギは、古くから大切にされてきた集落の御神木で、土着の信仰(出産など)や伝承があります。 大スギに纏わる伝承には、大スギの精霊が娘に化身して伊勢参宮したというものがあり、 国民的アニメ「まんが日本昔ばなし」で取り上げられ、「むすめ杉」という作品でTV放送されました。 そのお話をまとめると以下。現地解説板[2]と、まんが日本昔ばなしデータベース[8]を参考。

    【 大スギの民話 】
     京都の精顕(せいけん)という若者が、陸奥を目指す旅の途中で杉沢の里に差し掛かったときのこと。 精顕は杉林の中で、若杉の化身である美しい娘と出会う。 やがて「お杉」と名乗る娘と精顕は惹かれ合い、夫婦となった。 精顕はお杉を旅に連れてゆき、京都へ戻ってからは、2人幸せな日々を過ごした。
     その後、お杉の願いで共に伊勢参りを済ませた後、杉沢の里へ戻って暮らし、子宝に恵まれて幸せに暮らした。 やがて、精顕は年老いて亡くなるが、不思議なことにお杉は若く美しい姿のまま。 精顕の亡骸を杉の木の根元に葬ると、お杉と子供は姿を消してしまった。 お杉の木霊が宿る若杉は、墓を守って何百年も立ち、立派な大木となり今も生き続けている。