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    粟野のカヤ

    巨木の写真

    撮影日 2015.01.28 【01】粟野のカヤ:住宅地の中に立つ巨木.道路側から(北側) 粟野のカヤ01
    【02】北側② 粟野のカヤ02
    【03】北側③ 粟野のカヤ03
    【04】北側④ 粟野のカヤ04
    【05】北側⑤ 粟野のカヤ05
    【06】南側① 粟野のカヤ06
    【07】南側② 粟野のカヤ07
    【08】南側③ 粟野のカヤ08
    【09】北側⑥ 粟野のカヤ09

    巨木の詳細

    巨木の名前 粟野のカヤ 幹周/樹高 5.75m / 20m
    樹種 カヤ(榧) 保護指定 栃木県指定天然記念物年
    推定樹齢 1100年 撮影日/天候 2015.01.28 / 晴
    所在地 栃木県鹿沼市口粟野(粟野第1小学校の東の住宅地)
    アクセス
    ■東北自動車道・鹿沼IC:距離約13km、県道121・137・15を経由
    ■北関東動車道・都賀IC:距離約13.8km、県道3、国道293、県道37・15を経由
    ■東北自動車道・栃木IC:距離約17.4km、県道32・37・15を経由
    電車 各駅と市内を鹿沼リーバスが運行している。「口粟野線」に乗車し「粟野高校入口」で下車。
    ■JR線・鹿沼駅 : 粟野高校入口まで乗車時間約31分
    ■東武線・新鹿沼駅: 粟野高校入口まで乗車時間約20分
    ■東武線・樅山駅 : 粟野高校入口まで乗車時間約13分(駅前の県道15号線沿いのバス停)
    備考 大カヤの立つ場所は私有地の畑の一角で住宅地に囲まれた場所である。 車で訪問する場合は駐車場は無いので路肩駐車となる。民家の出入口や通行の妨げにならないように注意する。
    近辺の観光 【 公式観光情報 】
      ■鹿沼観光だより~四季彩のまち・かぬま~
    【 少遠景 】
      ■旅日記・上永野蝋梅の里
    【 たびねす(travel.jp)】
      ■早春の里山を彩る黄金の花園「上永野・蝋梅の里」栃木県で最大の蝋梅園
    近辺の巨木 叶台のカヤ / 星宮天満宮の大スギ /  医王寺のカヤ(未訪問) / 勝願寺の地蔵ケヤキ(未訪問)

    巨木の地図

    巨木と雑記

     下流域で渡良瀬川へと注ぐ思川の上流、山間部が切れて関東平野と接する手前の地域、 旧粟野町の中心部付近に粟野の大カヤは立っています。 大カヤは住宅地に囲まれた農地の一角に残り、広い場所を確保されています。 推定樹齢1000年を越えるという風格極立つ古木ですが、 人々に守られた恵まれた環境も手伝ってか、今でも伸び伸びと枝葉を茂らせています。 地元に伝わる伝承には、大カヤを植えたのは、なんと八百比丘尼(※1)だというものがあるそうです。 ここから南に直線で3kmほど、大倉山の南麓に八百比丘尼の伝説のゆかりの地があるのも面白いです (※2 八百比丘尼公園 栃木市西方町真名子)。 南側の根元に祀られている稲荷の社は、約150年程前に、 京都の伏見大社により、大カヤに正一位榧木稲荷大明神という位を与えて祀られたそうです。

    【 補足 】
     ※1)八百比丘尼
        読みは、ヤオビクニ、ハッピャクビクニなど。
        人魚の肉を食した事が原因で不老長寿となった後に尼となり巡礼の旅に出る。
        約800歳まで生きた後に自殺。
        福井県の小浜の空印寺を中心に、植樹伝説や椿をもって諸国を巡歴したとの伝説が多い。
        宝徳元年(1499)に若狭(福井)から京都に現れたという記述が
        「康富記」「臥雲日件録」にあるという。
     ※2)栃木県・西方町真名子の八百比丘尼の伝説
        大倉山の南山麓で、伝説の地は現在は公園となっている。近くにゴルフ場がある。
        園内に八百比丘尼尊像が安置される八百比丘尼堂がある。
        以下伝説の内容(栃木市Webサイトの八百比丘尼公園から)
        ~ 伝説の概略 ~
        真名子の長者夫婦が子を授かるよう庚申様に祈った事により生まれた娘の八重姫が…。
        姫が7歳の時に異変。白髪の老人が庚申様を一緒に信心しようと長者を老人の屋敷に招く。
        長者は老人から不老不死の薬だと煮た貝を勧められるが食したフリをして袂に入れた。
        長者帰宅、姫はうっかり「あの貝」を食べてしまう。お土産だと思った様だ。
        その後18歳になり美しく成長した姫を帝が御所望。でも栄誉?を嫌がった姫は家出する。
        家出した姫は山道で出合ったあの白髪の老人に匿われて暮らすが、
        やがてホームシックになり白髪の老人に実家に帰りたい旨を告げる。
        すると白髪の老人は、私は実は庚申様で、ここへは二度と戻れないと告げると屋敷諸共消えた。
        (私見・庚申様は美しい娘と長く暮らしたいという計画だったのだろうか?)
        真名子の実家のあった場所へ戻った姫は、家を出てから800年も年月が経ったことを知る。
        しかし姫の姿は18歳の若いままであった。
        その後、姫は出家し名を妙栄と改め巡礼の旅へ出た。
        最後は若狭(福井県)の海の身投げして命を絶つのであった。